6月頭、某日。家の近所で奇妙なお店を目撃した。

見かけない小さな店舗のディスプレイに、巨大な鯛焼きのオブジェとクマちゃんとリンゴみたいなキャラが鎮座している。
店名以外に看板もなく、「ここは何屋なのか?」としばし悩む。状況証拠として巨大な鯛焼きをもとに「まぁ鯛焼き屋だろう」と推測した。
謎は好奇心を刺激する。
意を決して入ってみると、まず目についたのは券売機。そして奥から「いらっしゃい!」という声が聞こえた。

振り返ると、和食店のような白い帽子をかぶったご年配のおじさんがニコニコと立っている。メニューを確認すると、鯛焼きはあった。が、それ以外にも、たこ焼き、焼きそば、ラーメン、カレー、カツ丼、大判焼きバーガー、チヂミ味鯛焼き、餃子味鯛焼きなどなど・・・。

メニュー数、なんと20種類超え。「ここって何屋なんですか?」と聞くと、おじさんは軽く笑いながら答えた。
「一応、鯛焼き屋だね」
あ、お店を名乗る時に一応をつけていいんだ。自分の固定概念に気付かされる。”一応”というワードがこれほど似合う店も珍しい。
そしておじさんは追って答える。
「最初からメニューいっぱい出して、どれが選ばれるか見てみたくて」
??夏休みの自由研究かな?
案の定、お店のメインとなるはずのカウンター席は調理器具で占められている。鯛焼きの金型、たこ焼き機、炊飯器、給食と一緒のでかい寸胴、茹で麺機、フライヤー、保温器、炊飯器、コーヒーメーカーなど、学生寮みたいな状況。
客席は少なく、厨房に背を向ける形でカウンター席が数席のみ。
聞けば、機材に合わせてメニューを増やしたのではなく、とにかくオープンと同時にメニューを競わせて需要をはかりたい思いが先にあり、機材を後から詰め込んだらしい。
“売れ筋を残して絞っていく”飲食店のセオリーを完全に逆走している。その言葉に、商売っけの強い社会に揉まれていた私は、ずきゅーんと、心を射抜かれてしまったのだった。
今日はすでに食事を済ませていたため、また後日訪れることにし、営業時間を尋ねると、「朝6時から夜23時まで開けているよ」と教えてくれた。
「そんな長時間営業して大丈夫ですか?」と聞くと、「一番多く来る時間帯を調べているんだよ」とのこと。
ああもう。そういうとこだぞ。
なんと非効率で、なんと面白いことか。
後日。
メニューの多さに再度驚きつつ、「ざるそば、ミニエビ鯛焼き付き」を注文した。(……ミニエビ鯛焼き?)
注文後に一つひとつ作るスタイルのため、料理が出てくるまで結構時間がかかる。ふと、「なぜ鯛焼きだったんですか?」と尋ねてみたところ、
「別にね、鯛焼きにこだわっているわけじゃないんだけどね。最後ぐらい好きなことやってみたいと思って、昔お弁当屋で働いてたことがあったんだけど、あの時楽しかったから、飲食店やってみようかなと。
でも、料理のノウハウなんて全然わからないから、どうしたもんかと思っていたら、鯛焼きの金型屋さんだけが『商品買ってくれるなら、作り方教えるよ』って言ってくれてさ。」とのこと。
たこ焼きや他のメニューも試したそうだが、結果的に、鯛焼きが一番性に合っていたそうな。
「でも、別にそれで鯛焼きじゃなくてもよくないですか?またお弁当やるとか、おにぎりとかもあるのに」と、もう少し突っ込んで聞いてみる。おじさんは少し考えて、ちょっと渋りながらも答えてくれた。
「実は、奥さんが病気でね。介護しながらだと、どこにも料理を習いに行けなかったんだ。」
この理由と、理由を先に言わない姿勢に、また心惹かれた。
そんな会話をしているうちに、料理が出来上がり運ばれてきた。ざるそばは、大きな容器に丁寧な盛り付けで普通に美味しそう。

見てほしいのは、その横。

小さな鯛の口からエビの尻尾が飛び出している。
初めて出会った、おかず系鯛焼きだ。
「これは……?」と尋ねると、「へへへ、エビで鯛を釣ってみたよ。面白いかなって。」とニコニコ純粋無垢な笑いを浮かべるおじさん。
「目が黒いのは…?」「生き物だからね!焼印入れてるの。生きているものは、黒い瞳じゃないといけないじゃない。重要だと思うんだよね、そういう見た目もさ。」
ええ、面白いよ、あなたが。
そして、このミニエビ鯛焼き、見た目だけではない。外はカリカリ、中はふわふわ、エビはぷりぷり。 甘くない鯛焼きという時点で既に新鮮なのに、味もしっかり美味しい。正直、「美味いんかい!」と突っ込みたくなった。美味くなかったら記事にしないでおこうと思ったのに、ちゃんと美味しかったもんで。マジでこれだけで5匹くらいは余裕で食べられそうだった。
食事をしながらあれこれ話すうちに、すっかり打ち解けてきた。
おじさんの名前はKさん。もともとは千種区のあたりに住んでいたそうだ。
この店のある地域にはあまり知り合いがいないらしく、「こっちのことは、まだよく分からなくてね」とちょっと困ったように話していた。
私は近所に住んでいて、絵を描いたり、いろいろ作ったり企画したりしていることをざっくり話しながら、ふと思い立ってこう聞いてみた。
「もしよければ、何かデザインとか、お手伝いしましょうか?」
するとKさんは、少し驚いたような顔をして、「え?お願いしてもいいの?」と、なんとも素直に受け入れてくれた。
それで私が提案したのが、「じゃあ、私が何か置く代わりに、鯛焼きをひとつください」という、鯛焼きとクリエイティブの引き換え取引。
Kさんは「ええ……申し訳ないな、そんなんでいいの?じゃあ、新作のずんだ味鯛焼きあげるよ」と言ってくれた。そんなふうにして、鯛焼きとの等価交換が、静かに成立したのでした。

私がこの店に置くものが何になるのかは、まだ全然わからない。
でもとりあえず、ずんだ味の鯛焼きと、密かに期待しているメニューランキングを楽しみにしていよう。
そして近々、意味もなく続くのメンバーを誘ってみたいと思った。
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古今蓬莱乃里 味吉野
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(審査頑張ってGoogleマップに登録されたって!よかったね)