江坂です。
日常会話的な文章の記述で「気」の代わりに「氣」という漢字を使用する人が時々いますよね。
それってなんとなくスピっぽい(スピリチュアル系の人っぽい)と感じることがあるかもしれません。個人的には、なぜわざわざ氣を使うかが分からないところに”スピみ”が漂っているのではと思います。
そこで、氣の日常使用の源流を探る試みによって、氣を使う人々を「とりあえずなんかスピ」と雑に見なすのではなくもう少しちゃんとしたカテゴライズをしたいと思います。
源流は合気道家の藤平光一(とうへい こういち)か
藤平光一(とうへい こういち)は、1971年に「氣の研究会」を設立し、1974年には「心身統一合氣道」を創始した人物です。
また、彼の著書には下記のようなものがあります。
- 成功の秘訣は氣にあり
- 幸福の秘訣は氣にあり
- 健康の秘訣は氣にあり
- 「氣」の威力
- 氣の呼吸法
- 中村天風と植芝盛平 氣の確立
- 氣と生活
- 氣と健康
- 氣の実在
- 氣の王道
- 氣の話
- 言葉の「氣力」が人を動かす
- 「氣」で病を癒す
- 氣で克つ 心で身体を使うビジネスの本義を学ぶ
- 生活の中の氣の原理
このようなことから、藤平光一は氣との関係が密接であると見ることができます。また各書のタイトルから、氣が日常に持ち込まれていることが推測できます。
そのため、藤平光一が氣の日常利用の源流である可能性がありそうです。
なぜ「氣」を使うのか
なぜわざわざ旧字体の氣を使うのかについては、心身統一合氣道会の公式ウェブサイトに説明があります。ちなみに、このサイトでは「合気道」以外の文章にもぜんぜん氣を使っています。
心身統一合氣道会では「合気道」の表記について、「氣」という旧字体を用いています。
「米」は四方八方に広がる形であり、氣は出すもの、また氣は通うものであるという「氣の原理」に基づいています。心身統一合氣道会 公式ウェブサイトより https://shinshintoitsuaikido.org/about/credo.php
もし身近に氣を使っている人がいて、なぜわざわざその漢字を使うかを尋ねた時に上記に関連する回答があった場合には、直接的ではないにしろ、間接的に心身統一合氣道の一派とみなすことができるかもしれません。
ここで 先生 藤平光一 のページを見ていたところ、「みそぎの修行をきっかけに心身共に元氣になり」「わずかな氣の緩みが死を意味する戦場で」「心身統一こそ合氣道の根本であることに氣づく」というお手本のような氣の文が並んでおり、その四方八方に氣が広がり出る文章にやや疲れてしまったため、調べる活動を中断しました。
新たな気付き
「氣」という漢字を使う人たちは、文章の記述を伴わない口頭の会話ではどう表現しているのかと氣になりました。
参照:心身統一合氣道会 公式ウェブサイト https://shinshintoitsuaikido.org/