意味を持つ記録についての考え

自分は最近、記録が好きなのだけど、それは記録があるとそれが残っていく可能性があると思っているからで、記録が多ければ多いほど残る可能性が高いと言えるのでは、というようなことを考えていた。また、記録の価値は記録する人や記録された時代に決まるのではなく、後から変化するものだと感じていたので、記録する時点で評価せず気分でどんどん記録することがよいと考えていた。

でも今日、続いていく記録というものはなんなのかと考えたときに、連続的に価値を持つものではないかという気がした。「意味を持つ記録」、つまり、「意味を与えられ続けている記録」が、記録として残るということなのではという仮説だ。

ただ記録が残っていくだけでは、それを解釈する人がいなくなったときに、記録の存在はなくなり、またその「記録だったもの」を再び解釈して記録としての価値を見出すために、多くの研究や時間を要するのではないか。


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